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千葉地方裁判所 昭和45年(レ)32号 判決

控訴人 平沢さと

〈ほか六名〉

右七名訴訟代理人弁護士 植田義捷

右訴訟復代理人弁護士 岩石安弘

同 林田弘太郎

被控訴人 吉岡利雄

右訴訟代理人弁護士 矢野欣三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの連帯負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、控訴人ら

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人の本件請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

(一)  控訴棄却。

(二)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一、本件土地につき被控訴人主張の仮登記がなされていることは当事者間に争いがないところ、≪証拠省略≫を総合すると被控訴人と訴外荒井政吉との間で、昭和三六年三月二四日右仮登記の原因である被控訴人主張の売買契約が締結されたことが認められ(る。)、≪証拠判断省略≫

二、そして、≪証拠省略≫によると、右売買契約による本件土地の所有権移転につき、昭和三六年一二月一四日農地法三条による県知事の許可を受けたことを認めることができる。

三、そこで控訴人主張の抗弁について判断する。

控訴人は本件売買契約締結後、当事者の予期しない地価の異常な高騰により、本件売買の等価関係が失われたとして事情変更による契約の解除および契約の改訂を主張するのでその当否について検討するに、≪証拠省略≫を総合すると昭和三七年八月二九日建設省告示第二一八七号および同四〇年六月七日建設省告示第一四五四号を以って東京都市計画高速鉄道(いわゆる地下鉄東西線、中野―西船橋間)の設置が決定され本件土地近くに地下鉄線が設置されることとなったが(右路線の設置自体は当事者間に争いがない)、同四四年三月二九日同線が開通したことにより、都心への交通が著しく便利になり、本件土地付近が住宅適地として好条件を備えるに至り、近郊都市のベットタウンとして俄かに脚光を浴び、ここに区画整理組合も結成されて宅地造成が進められ(この点は当事者間に争いがない)、一部地域ではすでに分譲が行われるという事態になって地価が著しく値上りし、農地としての効用しかなかった売買契約成立当時の価格に比較して約五五倍という著しい高騰を示すに至ったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで事情変更の原則は、契約の文言どおりの拘束力をそのまま認めたのでは信義誠実の観念に反する結果になるという場合でなければその適用はない。しかるところ本件売買契約締結後、県知事の許可を停止条件とする所有権移転仮登記を経ていることは前記のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は右売買契約締結と同時に代金全額を支払い、本件土地の引渡しを受けたことが認められ、以上の事実と≪証拠省略≫を総合すると、本件売買契約締結の際、本登記手続は県知事の許可を受けた後すみやかに行う約束であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、控訴人側は、県知事の許可を受けた昭和三六年一二月一四日から相当期間経過したころより登記義務の履行を遅滞していたものといわねばならない。しかして、本件土地の地価の高騰は、控訴人側が登記義務の履行を遅滞している間に発生した事情の変更というべく、このような場合に控訴人らにおいて事情の変更を主張できるものとすると、もし控訴人側が債務の本旨にしたがって履行していたならばまだ事情の変更なく、したがってその利益を受け得ないのに、債務の履行をしなかったため、却って事情変更の利益を受けるという結果になって著しく信義誠実の観念に反することになる。それ故被控訴人に、契約の文言どおりの拘束力を認めて従来の代金のままで控訴人らに対し、登記義務の履行を求めることを許しても、著しく信義誠実の観念に反することにはならない。

したがって、本件のような場合は、仮に事情の変更が当事者の予見し得なかったものであり、当事者の責に帰すべき事由により生じたものでないとしても、事情変更の原則の適用はなく、控訴人らの右抗弁は採用することができない。

四、次に、権利濫用の抗弁について判断するに、その主張の前提事情は、前記三項に認定のとおりで、かかる事情のもとでの被控訴人の本訴請求は正当な権利の行使といわねばならないから権利の濫用の主張は理由がなく採用できない。

五、以上の次第で、被控訴人は本件仮登記に基づいて所有権移転の本登記を求める権利を有するところ、訴外荒井政吉が、昭和四三年一〇月一日死亡し、右訴外人の相続人である控訴人らにおいてその権利義務を承継したことは当事者間に争いがないから、控訴人らは被控訴人の求める本登記をなすべき義務を負うものである。

六、してみると被控訴人の本訴請求は理由があるから、正当として認容すべきであり、これと結論を同じくする原判決は相当であって控訴人らの本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条一項によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条、九三条一項但書を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺桂二 裁判官 鈴木禧八 佐々木寅男)

〈以下省略〉

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